ヘッドホンあれこれ-4
重低音ヘッドホンのMECAT化
近年、「重低音」が人気のため、各社からこれに対応したヘッドホンが発売されています。

が、しかし「低音の魅力」は評価の分かれるところであるため、その「音造り」は難しく、ましてそれを「機械的に」実現するのは至難の業です。

ヘッドホンで低音を強調する、大雑把に言ってしまえば、相対的に中音域を抑えてしまえばよいだけのことであり、それは今日難しいことではありません。しかし「魅力的な低音を出す」のが難しいのです。

特に重低音(非常に低い周波数の音)はヒトにとって、本能的に「危険」「不快」と感じる音です。つまり全ての人に「我慢できる程度」があり、それはまた個人によって大きく違います。

結果、次々に新製品が出されては消えの繰り返しになっていたりもするようです。正直、2年も販売されれば「逸品」といったところでしょう。

今回、この問題について考えてみることにしました。

入手してきたのは店頭販売価格2000円弱の安価な重低音ヘッドホンです。筐体いっぱいに40mmの大型ドライブユニットが搭載してあります。すなわち、背気室容積ほぼゼロ、中音域を落とした強力なドライバ音、といいますかもう「振動」を直接耳に伝えるしくみです。しかしこれは廉価品でのオーソックスなしくみであり、耳当て型の小型のものの多くが同様のしくみとされています。
これから「キレの良い低音」を作り、かつ全域に渡りできるだけフラットな周波数特性として分解能を高めようというわけです。しかしもうそこまで違う別の音を求めるならば、作り=理論の違う別物にしない限りは無理です。また今回は「モニタートーンだけれども観賞用」を目指すため、具体的なところで「飽きのこない音」にするにはどうするかが悩みどころになります。
しかしこれには幸いなことに「お手本」があります。昔の民生ELEGA高級機、DR−203Cなどの「薄型オープンタイプ」です。サマリウムコバルト磁石の登場によってドライブユニットを薄くすることができるようになり作られたものです。キレの良い低音と明瞭なボーカル、控えめだけれどもしっかりした高音、すなわち「上質な音」が特長、結果、ロングセラーとなったシリーズです。すなわち「飽きのこない音」とは結局、このタイプの音と考えればよいでしょう。

今回のものはさらに強力なネオジウム磁石、加えて当時と同じ材質と加工の振動板、同じ構造の同じ40mmのドライブユニットです。つまりあまり考えなくても、強力過ぎる磁石から来る「暴れ」さえ抑えるよう、すなわち当時のつくり+αとすれば、当時の、あるいはそれ以上の音が得られるはずです。

「お手本」に従い、迷わずハウジングにあけられるだけの穴をあけて開放型、裏に薄い布張りとし、ここにMECAT得意のネコの毛を詰めます。
そしてこのドライブユニットの背気室はふたつ、すなわち気流回路は2回路です。第1回路、ボイスコイル外側の回路は全て薄いフェルトで塞ぎます。中心の大きな穴、第2回路には新規に部品を製作追加、同じく薄いフェルトで塞いでいますが、これはこのドライブユニットのそもそもの詳細スペックを示してしまうことになりかねないことから秘密です。とはいえここは単純に薄いフェルト1枚を貼り付けて塞いでも、少しだけ「価格相応な感じ」は残りますが十分、上質と感じる音になります。
すなわち全体として、開放型の中のセミ・オープン型、逆相音減衰は第1回路2段、第2回路4段のかなりの「高級機」としました。さらにドライブユニットの振動板中心部からの音をカットするためにバッフル板の中心部の穴も塞いでいます。そしてこれらは計算で最適な実施を求めた結果ですが、結局のところ当時の薄型オープンタイプの基本設計をほぼそのまま継ぐ格好になっています。
できました。聴いてみると…おっ!やはりELEGAのDR−203Cとほとんど同じ音。低音用に設計された強力な磁石を持つドライブユニットを「流用」したため、こんな小型、薄型でも開放型の良いところが前面に出て、こもり感ゼロで低音が抜群にきれい。さらに全域に渡りクリアで繊細な音。弦が明確、バイオリンとビオラではっきり、さらにティンパニーとトライアングルの音が生々しい。磁石がそれでもまだ弱い、またネコの毛を用いていないDR−203Cよりもその分さらに上質な音。早速、お気に入りに追加しました。昔の藤木電器のこのシリーズのパンフレットに「新しい音を追求したら形も新しくなってしまいました」というキャッチがありますが、実際、研究陣としてはそんな感じ、素直に驚いたのではないでしょうか。そういえばあのパンフレットにもティンパニーとトライアングルの音がいいとあったな…どれどれ…「軽やかに鳴るトライアングル、深く語りかけるビオラ、地鳴りのようにとどろくティンパニー…」おお、全く同じです。当時のライバル他社のダイナミック型の開放型はこの程度の大きさにとても収まっておらず、その差を生んだのは、はじめて使ったサマリウムコバルト磁石のドライブユニットとそれを用いた密閉型薄型製品の研究開発での苦闘だったわけですから。「物が全てを語る」、ものつくりの面白さはこういうところにもあります。
しかしそれにしても当時のパンフレットは…凄いです。マニアと言えども、今はこのように書かれても「音質にピンとくる人」はまずいません。しかも当時は今のように店頭で試聴して云々というのはなく、このコメントでプロではなく一般のお客さんに「売っていた」そして実際「よく売れていた」のですから、やはりお客さんのレベルが高かったということです。「深く語りかけるビオラ」なんて全くもう演者の言葉であって、この意味がわかり、どんな音だとわかる聴き手って一体…何せ好みの分かれる民生観賞用、しかもどれも高価な(今の価格にすると4万円だの5万円だのになります。うちの手間のかかるMECATでも、モニター用はとにかく、観賞用ではちょっとここまではお客様に求められません。)高級機。作るほうは毎日もう、ぶっ倒れんばかりに大変だったでしょう。
計測上も大満足の性能。しかしかなりの作業量、全く割には合いません。あくまでも研究の範囲です。仮に製品とするなら…金型から新規になります。まあ、もともとのヘッドホンの特徴まで作りかえるようなことはやらないに越したことはないということです。今回は既にこのタイプのヘッドホン、そしてこのタイプの音を出すヘッドホンが市場からなくなって久しくなっているから作ってみたというのもあります。
「オト」には「ちょうどよさ」があり、「究極」はここに求めます。1960年代後半から70年代の初頭にかけ、藤木電器をはじめとするダイナミック型ヘッドホン製造各社では大規模な市場調査=お客様調査を実施、@ダイナミック型では、密閉型、開放型によらず、ヘッドホンのドライブユニット口径は約40から50(mm)が適切である。これより大きすぎても小さすぎても「ちょうどよさ」が得られなくなる。A「ちょうどよさ」を決めるのは低音であるから、低音再生には特に忠実性が求められる。との結論を導き出しており、このセオリーから外れると「いい音」にならないということがわかっています。また「いい音」とはさらに「飽きのこない音」であって、やはり特定周波数の大幅な誇張や抑制をしないこと、限度は2倍程度に大きく聞こえるところまでということもわかっています。今の重低音ヘッドホンでは4倍程度、それ以上に大きく聞こえるようにされているものもありますから、結局は嫌になる、飽きてしまうということになるようです。
しかし世界はもう上述のようなややこしいことを全て無しにしてしまう次の時代に入っています。当社のMECATもそれに従うべく考えた「形のない技術」です。

これは次世代音源対応の廉価ヘッドホン、本場欧州で主に普段使い用としてその発売よりトップレベルの売り上げを続けているヘッドホンのひとつです。全部欧州生産の高品質製品で、新タイプのダイナミック量産型ドライブユニットを搭載しています。このドライブユニットには強力な特許があり、しかもとても安価ですから国産化は先の話、あるいはされないかも知れません。

その音は、何のことはないJIS標準受話器の音です。実際、測定してみても、どの値もほぼドンピシャのところ。筐体を安く作っているからちょっとぶれているだけのことであり、筐体を普通にしっかり作ればそのままオージオメータ用です。いよいよ音源が完成されたから、レシーバでのややこしい小細工(機械的音質調整)はもう不要、直線再生するだけだと言わんばかりのものです。しかしそれはその通りであり今日、ヒトの耳の特性に追いついた録音機の収録能力、これまではその収録能力が足らないがために収録時から録音技術者が、例えば音楽であれば「いかに上手くきれいに曲と演者の主張を伝えるか。」をあれこれ考えて、また各再生機メーカーもあれこれ考えてやってきましたが今後はなくなり、シンプルなものになっていくでしょう。

事実、最近のハイレゾソースはストレートに聴覚範囲そのままの録音、聴覚ぎりぎりの低いところの音でもいくつか混ぜられ、さらにこれに、より原音に近くなるようにするため、中、高音域の音がハーモニックに混ぜられるようになっています。従ってうっかり低音を強調し過ぎるとこれらの音が聞こえなくなり、結果、奥行き、透明感のない音に聞こえてしまうようになっています。すなわちこれらの繊細な造りの重低音ソースは逆に普通のフルレンジのヘッドホンで聴くほうがより楽しく聴くことができます。ヘッドホンを選ぶにあたっては注意が必要です。
● 薄型密閉ダイナミックヘッドホンの登場 〜希土類磁石がヘッドホンを変えた〜
1974年、藤木電器は希土類磁石=サマリウムコバルト磁石を用いた薄型ヘッドホン、DR−196C(オープン型)を発表、そして1977年、密閉型の画期的な薄型軽量、業務・民生兼用のDR−209Cを発表、以降、密閉・開放ダイナミック型小型軽量ヘッドホンの発表を続けていきました。
DR−209Cのドライブユニットの気流回路は今日なお主流の2回路ですが、特に第一回路の逆相音減衰器は何と振動板の裏に直接置かれ、頑丈な鉄の筐体と併せて大きな逆相音減衰効果を持つ設計とされました。これにより厚さ9(mm)にして口径40(mm)の画期的な高能率ドライブユニットが完成、しかもこれはDR−531のドライブユニットの小型化改良とも言えるものであり、このドライブユニット単体として完結させたもの、すなわちハウジングもろもろの高い設計自由度を実現したものでした。
ELEGAのヘッドホンと言えば、レトロなDR−531や631を想像してしまいがちですが、実は藤木電器は今で言うところのハイテクメーカーであり、特に「材料」に敏感、DR−531、631にもその当時の最先端材料が使われています。ダイナミック型ヘッドホンの小型軽量化のネックとなっていたのが「貧弱な永久磁石」であり、永久磁石を大型のものにするしかなく、結局それがあの武骨なデザインを生んだわけです。藤木電器は強力な希土類磁石をいち早く採用、薄型ドライブユニットを実用化した後は従来のハード・フェライトに戻ることはなく、既に継続対応となっていたDR−531、631などにも希土類磁石を採用、その「形だけ」を残し、他の新製品については最後まで小型・軽量化を進めていきました。
オリジナルのDR−209Cでは、ダブルヘッドバンド、イヤパッド、ハウジングをあわせ、厚さ約20(mm)の薄型発音体部のデザインとされていますが、ドライブユニットが量産型、廉価かつ画期的な高音質であることから、少しずつデザインを変えたヘッドホンが各社ブランドで供給されました。すなわち今日のオン・イヤー型薄型ダイナミックヘッドホンのひとつの原点がDR−209Cです。2ウェイ型、DR−232CHなどもありますが、全ていわゆる派生型です。しかしDR−209Cまたそれからの派生型、各社に供給された各社ブランドのものはどれも「民生用」であることから「短寿命の使い切り設計」(今日の各社独自のものも同じですが)、当時、各社に供給されたもの、またELEGAブランドでのものも今日、残っているものは少ないでしょう。
しかし40(mm)の高能率ドライブユニット、DR−209Cの音は2017年現在も実用上問題なく通用します。肝腎なもの(これさえあればいいもの)は、物そのものではなく無形の技術力です。その後、DR−209Cは基本設計同じでコード、また本体色を黒に統一した「DR−209CU」(Uは改良後継機の意味)とされ、DR−592C(後にDR−592CU)とともに、民生用ELEGAヘッドホンの頂点として長年にわたり供給されています。
1978年製のDR−209C(右)と2015年製のDR−209CU(左)。音はほとんど変わらない(測定数値上も少しだけ後年のものが良い)が、後年のものは「丈夫で美しい民生機」を意識、色の統一、より高級で丈夫なコードの採用など、細部変更されている。しかし「修理なしの使い切り型」であるのは同じ。製造者が思いもしない製品事故を防ぐ目的から、特にハウジング部は全接着剤組み立て、分解できない(分解したならば内部が破壊され、再組み立て・使用のできない)設計、よってプラグ部分以外は基本、修理・再使用のできない「使い切り型」である。DR−209Cは、1950〜1980年代に多発した民生製品の事故(ヘッドホンでは主に不適切なユーザー修理による感電事故が問題であった。例えば真空管式ギター・アンプのB電源漏電(高圧漏電)に気がつかず、さらに不適切修理、電気絶縁不良のヘッドホンを頭部に装着した状態でヘッドホンジャックにプラグを差し込むと頭部直撃の重大な感電事故に至ることがあるが、実際、これによる有名アーティストの死亡事故も起きている。「最終セーフティ」としてのヘッドホンの電気絶縁性は重要である。)に対応した先進的な製品でもあり、これは当然、209CUに踏襲された。
ヘッドホンの改造をする場合には、全て自己責任にておこなって下さい。当社は一切の責任を負いません。
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